がん治療におけるクロノテラピー(時間治療)とは

がんの治療の研究はさまざまな角度から進められており、新たな抗がん剤の開発も盛んです。その一方で、抗がん剤の「投与時間」を工夫することによってより効率のいい治療効果を狙うという、ユニークな研究があります。今回は、このクロノテラピー、あるいは時間治療と呼ばれる抗がん剤の投与方法についてご紹介します。

クロノテラピーで利用される体内時計

わたしたちの体に体内時計があることは、よく知られています。クロノテラピーでは、この体内時計の働きを利用します。まずは、体内時計について解説しましょう。

通常、太陽の光を浴びると体内時計がリセットされて睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が止まり、わたしたちの体は活動状態に入ります。そして、体内時計がリセットされてから14~16時間経つとメラトニンの分泌が再開し、体が休息する状態へと導かれます。

体内時計をコントロールしているのは、「時計遺伝子」です。この時計遺伝子は、脳内のみならず体内のさまざまな細胞で発現していることがわかってきています。

そして、時計遺伝子の働きをつかさどっているのが、脳内の視交叉上核だといわれています。視交叉上核には「主時計(中枢時計)」が、体内のほかの臓器や組織には「末梢時計」があり、主時計が末梢時計に指令を送ることで1日の活動リズムを作り出しているのです。

体内時計は睡眠の周期だけではなく、心拍数や血圧、尿量、胃酸分泌量、成長ホルモン、リンパ球や白血球の生産量など、体内のさまざまな身体機能に関わっています。

正常細胞とがん細胞の活動リズムの違いを利用

体内時計に基づく1日の活動リズムは、わたしたちの体の細胞にもあてはまります。正常細胞の分裂・増殖は午前中に活発化する方向にあり、夕方から沈静化していきます。例えば、1991年に調べられた骨髄細胞のDNA合成量では午後4時ごろにピークに達し、深夜がもっとも低い値を示していました。

それに対して、がん細胞の分裂・増殖は夜に活発化し、昼は沈静化するケースが多いとわかってきました。このがん細胞と正常細胞の活動時間帯の違いに着目して抗がん剤を投与するのがクロノテラピーです。がん細胞への影響が大きくなる時間帯に抗がん剤の投与量を増やしてがん細胞を効率よく攻撃することや、副作用の出現抑制といったねらいがあります。

クロノテラピーの実施例

クロノテラピーの有効性に関しては、すでに試験が実施されています。その事例をいくつかご紹介します。

大腸がん

大腸がんの患者さん186人へのフルオロウラシル、ロイコボリン、オキサリプラチンの治療効果と、クロノテラピーの有効性をみた試験です。下記条件で、腫瘍が半分以下に縮小した割合を比較しました。

  • A群
    1日を通して点滴速度が一定
  • B群
    フルオロウラシルとロイコボリンについては午前4時に最大量に、オキサリプラチンについては午後4時に最大量になるように設定

その結果、A群の29%に対して、クロノテラピーを用いたB群では51%と有意に高く、治療を中断または中止するような副作用の発生もB群では有意に少ないことが示されました。

卵巣がん

24~87歳のステージIIIおよびIVの卵巣がんの患者さんを対象に、ドキソルビシンとシスプラチンの治療効果と延命効果についてクロノテラピーの有効性をみた試験です。下記条件で、60カ月目の生存率を比較しました。

  • A群
    ドキソルビシンとシスプラチンの投与時間を考慮しない
  • B群
    午前6時にドキソルビシンを、午後6時にシスプラチンを投与

結果は、A群は0%でしたが、B群では50%と延命効果が有意に見られました。

クロノテラピーの問題点

クロノテラピーは非常に効果的な治療法に思えますが、まったく問題がないわけではありません。最大の問題点は、1日の活動リズムに基づいた最適な投与時間に個人差が大きいことでしょう。約半数の人において、最適だと推測される投与時間と、実際に最適な投与時間にずれが生じてしまうようです。

そこで、すべての人の活動リズムに合わせて投与ができるように研究が進められています。がんのクロノテラピーの先駆者であるフランスのフランシス・レヴィ医師のグループが、肝臓と大腸の27個の遺伝子が発現する日内パターンを調査しました。その結果、2つの遺伝子の発現パターンにから、イリノテカンの投与タイミングを正確に推定できる可能性が示唆されています。

興味がある場合には、主治医に相談

1日の活動リズムに合わせて抗がん剤を投与するクロノテラピーは、大腸がんをはじめとした成功例が報告されています。しかし、それを形だけまねて、自己判断で薬の服用時間や用量を変えてはいけません。クロノテラピーを実践したい場合には、まず主治医に相談してください。

クロノテラピーは、現時点ではまだ一般的な治療法とはいえませんが、患者さん一人ひとりに合わせた正確な投与時間を推測できるようになると、広く採用されるようになるかもしれません。今後の研究の成果に期待したいところです。


参考: